発行日: 2025年9月11日

【ソウル発】K-POPエンターテインメント業界を揺るがすHYBE（ハイブ）とミン・ヒジン前ADOR（アドア）代表間の株式買い取り請求権（プットオプション）訴訟において、ミン前代表が本日（11日）、ソウル中央地方裁判所に直接出廷しました。この法廷での直接対面は、昨年4月の監査開始以降、両者間の対立が表面化して以来初めてのことであり、業界内外から大きな注目を集めています。訴訟の核心は、約260億ウォン（日本円で約29億円、1ウォン＝約0.115円として試算）相当とされるミン前代表のプットオプション行使の正当性にあり、HYBE側は契約解除によりその権利が消滅したと主張している一方、ミン前代表は自身の権利を強く訴えています。

紛争の背景：K-POPの成功と複雑な資本関係

この大規模な訴訟は、K-POP界の寵児とも言えるガールズグループNewJeans（ニュージーンズ）の生みの親であるミン・ヒジン前ADOR代表と、その親会社であるHYBEとの間で発生しました。ADORは2021年、HYBEのマルチレーベル戦略の一環として設立され、ミン前代表が初代代表取締役に就任しました。当初、HYBEがADORの株式100%を保有していましたが、2021年末にミン前代表はHYBEからADOR株式18%（57万3,160株）を買い取り、ADORの筆頭株主となりました。この株式売買契約には、ミン前代表が特定の条件下で自身の保有するADOR株式をHYBEに買い取らせる権利、すなわちプットオプションが付帯していました。このプットオプションは、ミン前代表の経営権やクリエイティブな裁量を保証する重要な条項と見なされていましたが、今回の紛争の発端となりました。

ADORとNewJeansは、ミン前代表の独自のプロデュース手法により、デビュー直後から圧倒的な成功を収めました。従来のK-POPの枠に囚われない新鮮な音楽性、ビジュアルコンセプト、そしてマーケティング戦略は、国内外のチャートを席巻し、数々の賞を受賞。瞬く間に世界的な人気グループへと成長しました。NewJeansの成功は、ADORの急速な業績拡大に直結し、特に2023年には335億ウォンという多額の営業利益を計上しました。これは、2022年の営業損失40億ウォンから大幅に回復したものであり、この業績がプットオプションの価値を大きく高める要因となりました。しかし、その成功の影で、親会社であるHYBEと子会社のADOR、そしてミン前代表の間には、経営権、クリエイティブの自主性、そして利益配分を巡る緊張が高まっていったのです。

焦点となる260億円のプットオプションと双方の主張

本日の法廷で争われた核心は、ミン前代表が昨年11月にHYBEに通知したプットオプションの行使です。契約条項によると、ミン前代表がプットオプションを行使した場合、HYBEはADORの直近2会計年度（本件では2022年と2023年）の平均営業利益に13倍を乗じた額の75%を、ミン前代表の保有するADOR株式18%に対して支払う義務が生じます。前述の通り、2022年の営業損失40億ウォンと2023年の営業利益335億ウォンを基に計算すると、ミン前代表がHYBEから受け取れる金額は約260億ウォンに達すると試算されています。

これに対し、HYBE側は昨年7月に株主間契約を解約したため、ミン前代表のプットオプション行使権は既に消滅していると主張しています。HYBEは、ミン前代表がADORの経営権を奪取しようと試み、HYBEの企業価値を毀損する行為を行ったとして、代表取締役解任を含む一連の措置を講じてきました。彼らの主張は、ミン前代表による契約違反が、プットオプションを含む株主間契約全体の解除を正当化するという法的な論理に基づいています。一方、ミン前代表は、自身の行動はADORとNewJeansの利益を守るための正当なものであり、HYBEによる契約解除は不当であると反論。プットオプション行使は契約に基づく正当な権利行使であり、HYBEはその義務を果たすべきだと強く主張しています。この260億ウォンという巨額の金銭を巡る争いは、単なる契約解釈の問題を超え、K-POP業界におけるエンターテインメント企業の買収・合併、子会社経営、そしてプロデューサーの権利に関する重要な判例となる可能性を秘めています。

HYBE側の主張：ミン前代表の「無双の権力」とNewJeansへの影響

本日の法廷では、HYBEのチョン・ジンス最高法務責任者（CLO）が証人として出廷し、ミン前代表に対する複数の疑惑を提起しました。チョンCLOは、ミン前代表が株主間契約の変更を通じて「無双の権力」を振るおうとしたと主張。これは、ミン前代表がADORの経営においてHYBEの介入を排除し、絶対的な権限を確立しようと試みたことを示唆するものです。具体的には、HYBEがADORの主要な経営判断やNewJeansの活動計画に影響力を行使しようとした際に、ミン前代表がこれを拒否し、契約条項の変更を要求した事例を複数挙げました。チョンCLOの証言は、HYBEがミン前代表をADORの代表取締役から解任しようとした背景には、ミン前代表の過度な権力志向と、親会社に対する非協力的態度があったという認識を示しています。

さらに、チョンCLOは、ガールズグループILLIT（アイリット）のNewJeans「模倣疑惑」についても言及。ミン前代表が、HYBEの別のレーベルに所属するILLITがNewJeansのコンセプトやスタイルを模倣していると主張し、それが業界全体の混乱を招いたと述べました。この模倣疑惑は、K-POP業界でしばしば問題となる「企画の盗用」や「類似コンセプト」に関する倫理的な議論を巻き起こし、多くのファンの間で論争の的となりました。チョンCLOは、ミン前代表のこうした行為が、HYBE全体のブランドイメージを傷つけ、グループ間の不必要な対立を生み出したと指摘しました。

また、NewJeansメンバーがADORに対し専属契約の解除を通告した件についても、チョンCLOは「最初から最後まで、陰にはミン・ヒジンがいる」と強く主張しました。これは、NewJeansメンバーの行動がミン前代表の指示や影響下にあったという見方を示唆するもので、ミン前代表がNewJeansのメンバーに対し、HYBEから独立するための行動を促した可能性を指摘しています。NewJeansは、ADORの代表取締役の交代を巡る一連の騒動の中で、一時的に活動の不確実性が高まりましたが、ミン前代表は自身の法的紛争とは別にNewJeansの活動を支持すると表明していました。しかし、HYBE側は、この「独立」の動きこそがミン前代表の経営権掌握計画の一部であると見ています。

ミン前代表の反論：疑惑は「虚構の小説」、事実無根を主張

HYBE側のチョンCLOの主張に対し、ミン前代表は法廷での発言機会を通じて、それらを真っ向から否定しました。特に、ILLITのNewJeans「模倣疑惑」を自身が提起したとの主張に対しては、「それは私個人の主張の以前に、すべてのコミュニティで人々が話していたことだ」と反論しました。ミン前代表は、ILLITのティザー写真が公開された直後から、オンラインコミュニティやSNS上で「これ、NewJeansじゃないか」という声が多数上がっていたと指摘。自身は単に、世間のそうした疑問や指摘を代弁したに過ぎず、一方的に疑惑を創出したわけではないと主張しました。これは、一般大衆の認識と自身の主張を結びつけることで、自身の発言の正当性を強調しようとするものです。

さらに、ミン前代表が日本で投資家と接触し、NewJeansの専属契約に関する法務法人世宗の「100%勝訴」意見書を日本語に翻訳して提示したという「投資家接触説」に対しても、「風聞でしかなく、実際に接触内容やそのような資料がないではないか」と強く反論しました。これは、HYBE側が具体的な証拠を提示できていない点を指摘し、憶測に基づく主張であると一蹴するものです。ミン前代表は、自身の行動は常にADORとNewJeansの利益のために行われており、HYBEが主張するような背任行為や不当な権力掌握を目的としたものではないと強調しました。

また、HYBE側が公開したミン前代表とイ・サンウ元ADOR副代表間のカカオトークの会話内容についても、「対話した内容の全てを提出してほしい。虚構の小説だ」と強く否定しました。ミン前代表は、HYBE側が意図的に一部の会話のみを切り取って公開し、自身のイメージを悪く見せようとしていると主張。さらには「ほとんどメロドラマだ。私を追放しようと角を立て、ストーリーを作った」と述べ、HYBE側が自身を排除するための物語を創作し、法廷を劇場のように利用していると激しく非難しました。これらの反論は、ミン前代表がHYBEの主張を全面的に拒否し、自身が不当な攻撃の対象になっているという強い被害者意識を持っていることを示しています。

法廷での激しい神経戦とNewJeans専属契約訴訟の現状

本日の裁判では、双方の主張が平行線をたどり、激しい神経戦が繰り広げられました。HYBE側は、ミン前代表の反論が証人尋問の範囲を超えていると指摘し、「反対尋問では証人が答弁した内容に対して反論が行われるべきなのに、今ミン前代表はただ自身の話をしている。これが記者会見なのか」と声を荒げました。これは、ミン前代表が法廷を自身の主張を一方的に展開する場として利用しているとの不満を表明するものです。

これに対し、ミン前代表はチョンCLOを直接指して「嘘つき」「今日、偽証をたくさんなさる」と応酬しました。両者の間に感情的な対立が剥き出しとなり、法廷の雰囲気は一時、非常に緊迫したものとなりました。裁判長は、このような白熱したやり取りを制止し、粛々と審理を進めましたが、この状況は今回の紛争がいかに根深く、感情的な対立を孕んでいるかを如実に示しています。

一方、同じソウル中央地方裁判所の別の裁判部では、NewJeansとADORの間で提起された専属契約有効確認訴訟も進行しています。この訴訟は、NewJeansのメンバーがADORとの専属契約の有効性を巡って争っているもので、今回の経営権紛争と密接に関連しています。先日、紛争の円満な解決を図るための2度目の調整が試みられましたが、残念ながら決裂に終わりました。これにより、裁判所は来月（10月）にも判決を下し、法的結論を出すことになりました。さらに、裁判所はADORの承認なしにNewJeansメンバーの独自活動を禁じる仮処分命令を出しており、これはNewJeansメンバーの活動の自由を一定期間制限するものです。この仮処分決定は、メンバーの今後の活動にも大きな影響を与える可能性があり、今回のプットオプション訴訟とは異なるものの、K-POP業界全体、特にアーティストの契約関係における法的な保護と権利に関する重要な議論を提起しています。NewJeansメンバーの去就は、ADOR、ひいてはHYBEの将来にも大きく関わるため、両訴訟の判決は連鎖的な影響を及ぼすこととなるでしょう。

K-POP業界に与える影響と今後の見通し

今回のHYBEとミン・ヒジン前ADOR代表の間の訴訟は、単なる企業間の金銭的な争いにとどまらず、K-POPエンターテインメント業界における複数の重要な課題を浮き彫りにしています。まず、マルチレーベルシステムの運用における課題です。HYBEが推進するマルチレーベルシステムは、各レーベルが独自のクリエイティブな自主性を持ちつつ、親会社の経営資源を活用するという理想を掲げていますが、今回の紛争は、その自主性と親会社の統制の間でバランスを取ることの難しさを示しました。クリエイティブな才能と経営権、資本の論理が複雑に絡み合う中で、プロデューサーの権利と親会社の責任がどのように位置づけられるべきか、新たな議論を呼んでいます。

次に、アーティストの権利と専属契約に関する問題です。NewJeansメンバーの専属契約訴訟は、K-POPアーティストが自身のキャリアパスや契約条件においてどれほどの裁量を持つべきか、そして紛争時にどのように保護されるべきかという問いを投げかけています。特に、プロデューサーとアーティストの関係性が緊密であるK-POP業界において、プロデューサーと親会社の対立がアーティストにどのような影響を与えるかは、今後の契約慣行や業界の倫理規範を形成する上で重要な教訓となるでしょう。

裁判の進行状況としては、ソウル中央地裁民事合議31部は、来たる11月27日にミン前代表に対する当事者尋問を追加で行うことを決定しました。これは、ミン前代表自身の口からより詳細な証言や反論を引き出し、裁判所が事実関係をより深く理解するための重要な手続きとなります。その後、12月18日には弁論が終結し、すべての証拠と主張が出揃った上で、裁判所は判決を準備します。最終的な判決は、来年2026年1月末頃に言い渡される見込みです。この判決は、約260億ウォンという巨額のプットオプションの行使の可否だけでなく、K-POP業界における企業統治、クリエイティブの自主性、株主と経営陣の関係、そしてアーティストの権利に関する未来の方向性を定める画期的な判例となる可能性を秘めています。国内外の多くのエンターテインメント企業や投資家、そしてファンが、この歴史的な判決の行方を見守っています。

今回のケースは、エンターテインメント産業が単なるコンテンツ制作の場ではなく、複雑な法務、財務、そして人的資源管理が不可欠な巨大産業へと進化していることを示しています。過去にはSMエンターテインメントや他の大手事務所でも同様の経営権紛争やアーティストとの契約問題が発生してきましたが、今回のHYBEとADORの件は、その規模、影響力、そして登場人物の著名さにおいて、過去の事例を凌駕する注目を集めています。この訴訟の結果は、K-POP業界全体の将来的な契約慣行、投資戦略、そしてアーティストとの共存関係のあり方に大きな影響を与えることになるでしょう。

結び

ミン・ヒジン前ADOR代表とHYBEの間の法廷闘争は、単なる個別の紛争ではなく、K-POP業界が直面する現代的な課題の縮図と言えます。約260億円に及ぶプットオプションの行使を巡る金銭的な争い、NewJeansという世界的グループの未来、そしてクリエイティブな才能と資本の倫理的共存の模索。これらすべての要素が絡み合い、この訴訟は歴史的な意義を持つことになります。今後の当事者尋問、弁論終結、そして来年1月末の判決に向けて、その動向は引き続き最大の関心事となるでしょう。

用語解説

• プットオプション: 特定の株式を、あらかじめ決められた価格（行使価格）で、特定の期日または期間内に売却する権利を指します。本件では、ミン前代表が保有するADOR株式をHYBEに買い取らせる権利を指し、その価値は約260億ウォンと試算されています。
• ADOR（アドア）: HYBEの子会社であり、ガールズグループNewJeansが所属するエンターテインメントレーベルです。ミン・ヒジン前代表が設立に深く関わり、初代代表取締役に就任しました。
• HYBE（ハイブ）: 韓国の大手エンターテインメント企業であり、BTS（防弾少年団）を擁するBIGHIT MUSICの親会社です。マルチレーベル戦略を展開し、ADORもその傘下のレーベルの一つです。
• NewJeans（ニュージーンズ）: ADOR所属の5人組ガールズグループです。ミン・ヒジン前代表がプロデュースを手掛け、その独自のコンセプトと音楽性で世界的な人気を獲得しました。
• マルチレーベルシステム: 親会社が複数の独立したレーベル（子会社）を傘下に持ち、それぞれのレーベルが独自のクリエイティブな自主性を持ってアーティストを育成・プロデュースする経営戦略です。HYBEがK-POP業界で推進しています。

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